Phil Hardison

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私が教員をする上で気をつけていたこと

せっかく高校で英語科教員をしていたので、今回は「これやっちゃいけないな」と思って気をつけていたことについて書いていきたいと思います。

長いです。

 

 

  • 「違う」など拒絶の言葉を発しない

学科教育にはもちろん正誤があります。けれど、「違う」といった強い言葉を使うなど否定や拒絶の姿勢を見せると、生徒は自分から発信することをやめてしまいます

私は一度「なるほどね!」「その手があったか!」と言って一旦生徒の意見を受け止めたり、テンポのいいツッコミをして生徒がまるでわざと面白いボケを言ったかのように仕立てたり、「教科書にはこれが答えとして書いてあるからテストにはこう出るけど、実際にばったり外国人に会ったりしたらそれで通じるよ」と教科書と現実では正解が異なるということを強調したり、いわゆる「There's no stupid answer(馬鹿な回答は存在しない)」ルールを適応していました。

日本では正解を求め過ぎる教育が根付いており、この教育は生徒の思考力を奪うというのが私の考えなので、「教科書と現実は違う」と常々言い聞かせ、生徒自身の考える力を尊重するように気をつけていました。

 

  • 授業中は飲食させる

「ダメなものはダメ」ほど教員が口にしてはならない言葉はありません。説得力もクソもありません。

教員だったから分かります。クソほど無意味な校則、あります。時代遅れな教育方針、蔓延っています。

私が特に無視していた禁止事項は授業中の飲食です。「勉強しに来ているのだから勉強している時に飲食は必要ない」だとか「教師に対するリスペクトを示すために飲食はしてはならない」だとか、そんなこと私は恥ずかしくて言えませんでした

勉強の仕方に関しては、人によって効率のよいベストな学習方法があります。喉が乾いているのが気になって授業に集中できないだとか、お腹がぐぅ〜っと音をたててしまって授業どころじゃないとか、そんなくだらない理由で授業に集中できないくらいなら飲み食いして授業に集中してくれる方がマシです

そもそも、授業中に飲食してはならない理由って何なんですかね。「勉強に飲食が必要ない」とか「教師に対するリスペクトがない」とか、正気なんでしょうか。そんなことを理由にして納得する生徒なんて居るんでしょうか。

もし私が生徒だったら、こんなふわふわした理由じゃ納得できません。もし勉強中に飲食するのがよくないという科学的根拠が提示できればよいのですが、そうでない限り、私には理由を説明できないことを禁止することはできません

ただ「臭いがする食べ物と音がする食べ物は迷惑になるから勘弁してくれ」とは言っていました。

 

  • 私語をする生徒には金の話をする

授業中に小さな声で私語をする分は気にしていませんでした。ただ、それが調子に乗ってくると大声で話すようになってしまいます。

そこで私語を注意する際は「今あなたが迷惑をかけている生徒全員分の授業料を賠償できるなら私語を続けなさい」とよく言っていました。

そのクラスで初めて授業を中断して私語を注意する時は、「1年間の学費が54万としたら、簡単に計算して1コマの授業料は320円、安いね、意外と。でもクラスメイトはあなたを除いて40名。あなたの私語によって学習が妨害されたと感じた生徒が30名いた場合、賠償すべき授業料は1コマ9600円。もしあなたが学習する権利を妨害したとして集団に起訴された場合、この何十倍もの金額を賠償できる?できるんだったらしゃべっていていいんじゃないですか」とかなり鬱陶しい言い方で注意していました。

「時は金なりというのはよく言ったもので、あなたがこうして無駄にしている時間はあなたのご両親が自分の時間を捨てて働いて稼いで初めて作られた時間です。そしてあなたが奪っている他の生徒の時間も同じく、彼らのご両親が作った時間です。あなたが授業中に時間を無駄にするという行為は、あなたのご両親が働いた時間を無駄にするということです。そして時間を捨てるということは金を捨てるということと等しいのです」という言葉は、生徒が授業中に問題を起こす度に言い聞かせました。

 

 

  • 叱る前に話を聞く

行動には原因があります。ですが、行動だけを見て原因を見極めるのは大変困難です。

例えば、AくんがBくんを殴っていたのを目撃したとします。ここでAくんだけを叱り飛ばし、職員室に呼び出しては話にならないのです。

更に、彼らから1度や2度理由を聞いただけでは、恥ずかしがったりプライドが許さなかったりで上辺だけの言い訳をしてくることもあります。生徒とは1対1で、受容の姿勢を見せながら、その場でいったい何があったのかという事実と、彼らの感情に何が起きたのかということを話して把握する必要があると思います。

生徒も感情に任せて行動に出ていることは多々あるので、この場合、「どうしてAくんはBくんを殴ったのか」もしくは「どうしてBくんはAくんに殴られたのか」という理由を一緒に考えます。

どうして自分がそのような行動に出たのかという分析をすることと、どうして自分の取った行動がよくないのかを考えさせること。これらは、理性的かつ合理的に行動を選択する能力を育むためには必要不可欠かと思います。

あくまで生徒の話を聞きながら、どうしてそれがいけなかったのか、その問題をどう解決すればいいのかを当人を軸に考えなければなりません。

 

  • 生徒と対等の位置に立つ

教師は偉い訳でもなんでもありません。むしろ、「教師は生徒よりも立場が上である」という前提のもと教師をしている人間なんてたかが知れています。

私はプライドの一切を捨てていました。自分の知らないことを生徒が言ったら「なにそれ!聞いたことない!教えて!」と、文字通り、生徒から学ぶことも多かったです。

「人を尊重しなければ、人からあなたが尊重されることもない」

これも私がよく言っていた言葉です。私は生徒を尊重していました。理由を説明できないなら禁止しない、叱る前に話を聞く、拒絶しない、といった私の方針は、生徒を尊重し、対等の位置に立つという意思の表れです。

しかし、残念ながら、私が生徒の意見を尊重すると、生徒が勘違いして調子に乗ることがあります。

そんな時はまず、私は生徒に私がこれまで彼らをいかに尊重してきたか、具体例を出させて確認させます。そしてその後に、彼らがいかに私を尊重したかを尋ねます。すると調子に乗っている生徒なんかは答えられません。

そこで「人を尊重しなければ尊重は返ってこない。あなたが私を尊重しないなら、私にもあなたを尊重する理由がなくなってしまう」と言い捨てる訳です。

現実は生徒が思っているよりも厳しいし、幼稚な彼らを受け入れてなんてくれないということを私を通して分かってもらえたかと思います。

 

  • おわりに

自分で言いますが、私はいわゆる生徒に好かれて教師に嫌われるタイプの教員でした。でも、生徒が教師を評価する「授業評価」なるもので私は5段階評価で平均4.7でしたし、一番伸びたクラスでは平均点が20点近く伸びたので、悪いやり方ではなかったと思います。

古き良き日本の教育を壊すまいと頑張っていらっしゃる教員の方は特に私のやり方は気に入らないと思いますし、私も決して自分のやり方が一番だと思っているわけではありません。むしろ私なんてぺーぺーなので粗が目立つ教員だったと思います。

それでも、人を指導する立場の人は自分が教育をおこなう前に、今一度、自分はいったい何をしているのか、自分がしようとしている指導は合理的なのか、自分は精神論を押し付けて非効率的になってはいないか、を分析してみてもよいかと思います。

 

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